休憩室

人間を休んでいる

ブリティッシュ・ジャズと、瞬く冬のながびき

 2月は1年で最も短い月だ。けれど、マフラーの覆いきれなかった首元の寒さが、夜への距離を引きのばしていく。容赦ない凍えた風は紙やすりで擦るように痛く、そのうえ沁み込んで来るから性質が悪い。

 許し難い大地。だが仕方ない、これが2月だ。

 

 記憶に間違いないなら、ぼくが最初に聴いたブリティッシュ・ジャズのパーソネルには、Kenny WheelerJohn Taylor、そしてNorma Winstoneがいた。

 

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 「とても透明な音楽だ」。初めて聴いた時そう感じた。この音楽が成立している世界の様子を想像する。乳白色の煉瓦造りのアパートメントが立ち並び、赤や濃いグレーのアスファルト、あるいは石畳の路地。しかしこの街の主役は建物ではなく、その間の空間にある。Kenny WheelerJohn Taylor、Norma Winstone達は、街の空気を透明な絵の具で色づけていく。Kenny Wheelerの絞り出すような高音は、その必死そうな音色とは裏腹に、熱さとは無縁の雰囲気がある。ひたすらに冷たい。

 "O"を聴きながら歩く。太陽は傾いて5時。イギリスと日本の大気組成が変わらないことを改めて実感させるAzimuthの人々。ブラジルのフュージョン・バンド、Azymuthと間違えたりするのは所謂"あるある"話だ。

 だが、Azimuthの音楽には"痛さ"が無い。空気から痛覚を抜くことができるのだ。彼らは。

Azimuth / The Touchstone / Depart

Azimuth / The Touchstone / Depart

 

 

 家に帰って、レコードを組み立てる。George Shearingのレコードを探すが、おっくうになってくる。部屋が耐えられないほど寒いのだ。エアコンをつけ、温まるまで布団の中にうずくまっておく。スマートフォンyoutubeにつながっているから、彼の演奏を探す。youtubeが、スマートフォンが青春の途中からやってきた世代の人間としては、未だに悪い行為の様な気がする。だけれど世の中には悪い人間ばかりだし、かくいうぼくもそうだろう。

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 George Shearingは「ロック・ハンド奏法」という奏法でピアノ弾きの中では有名だ。ぼくは手が小さいから、オクターブで収まる彼の奏法には助けられた。しかしとにかく上品だ。演奏内容だけでなく演奏中の佇まいにしてもそうだ。詳しいことは知らないが、彼はハーブもコークもしていないような気がする。

 布団をかぶっているから周りは真っ暗で、小さな画面の中でGeorge Shearingだけにあてられるスポットライトだけが遠くに見える感じだ。コンサート会場の後ろの方に座っているような気分になる。実際は正座に蹲るようにして、凍えているのだけど。

 George Shearingが冬の音楽かといわれると、全部がそうとは言えないと思う。ただ、きっと暖炉つきの部屋の中で聴く音楽だろう。寒いところで、ましてや外で聴く音楽じゃない。寒さは外にあるべき音楽だ。

 

 ようやく厳しいのが足先くらいで済む温度になり、いそいそとベッドから抜け出す。晩飯を作らなければならない。飯を食わなければ動けないのに、飯を作るのがだるくて動きたくなくなるのだから、人間はあまり合理的にはできていない気がする。生命の循環論法。動け、飯を作れ。お湯は温かいぞ。

 気分を盛り上げるためにスピーカーに接続したままyoutubeを連続再生。たまたま流れてきたのがJames Taylor Quartetだ。

 

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 ぼくは彼らのムーブメントを良く知らない。クラブという存在が、遠い。クラブではダンスをする(らしい)。ダンスというのはカロリーを消費して、ただ、それだけだ。ぼくには合わない。しかし、寒い。行ったこともないクラブの様子を想像して、身体をそれっぽく動かしてみるけれど、自分のぎこちなさに耐えられなくなってやめる。ぼくは踊れる人たちがうらやましいだけなのだろうか。そんなことはないだろう、と思う。

 具のないぺペロンチーノが出来た。これで十分だ。温かさに代えられるものがどこにあるだろうか。財布だって温かい方が好きだ。いや、好きなのはぼくだけかもしれない。財布も体型を気にしたりするのだろうか、できれば太っちょでいつづけて欲しいのだが。

 見えないピンクのユニコーンに乗る見えない好色家たち。神経不安症の女たちは踊る。自らからの搦め手を逃れるために。暗い箱にミラーボールは回る。さようならスペース・カウボーイ。肉のない青椒肉絲と具のないぺペロンチーノ。

 この部屋にも女はいない。最後の女が消えてからずいぶんたったはずだが、瞬くような時間しか経っていないように感じられる。そう言えばずいぶん夏が曖昧だ。

 

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 イギリス音楽といえば、と多くの人に聞いたら、まず挙がるのはロックだろう。この分野に関して、あの国は、数え切れないほどのスーパースターを輩出してきた。

 ジャズは常に他の音楽を吸い上げ、自分の文脈に消化して生き続けてきた。George Garshwinはそれこそスウィング・ジャズの初期から吸い上げられてきたし、なんならディキシーランド・ジャズの名曲には黒人霊歌も多い。バンド経営に行き詰ったCount Basie Orchestraは、『Basie on the Beatles』なんてアルバムを出す。

 Go Go Penguinはバランス良くすべてを引き受ける。ドラムの繊細な音色の使い分けによって、雰囲気はブリティッシュ・ロックからエレクトロニカまで自由自在。ピアノはミニマムなプレイをすることが多いが、ベースはそこまでプレイをパターン化すること無く、音楽全体を支配するモードのアクセントとして機能している。あらゆるジャンルに根を張り巡らせ、吸い上げているのが分かる。

 熱いといわれるかと難しい。Penguinとはいっても、Go Goと追いたてる。北風を追い風にしているような気分だ。

 

 

 飯を食い終わった。何かしようと一瞬思ったけれど、眠い。寒いと眠くなる。フランダースの犬にもそう書いてある。

 シャワーをいそいそと浴びて、中学の時から使っている上下揃いのジャージに着替える。お湯をそんなに使いすぎるのは良くない。ガスも電気も水道も全部使うのがシャワーだ。素早く使って出るに越したことはない。アメリカ人は3分でシャワーを終えると聞いたことがある。奴らがさっぱりする間に、ウルトラマンの仕事は終わる。ありがとう、さようならゼットン。この2月だけでいいから、2兆度の炎の温かみを少しだけ分けて欲しかった。

 目を閉じると、ぼくは程なく意識を失った。喉を傷めないようにエアコンを切る。張り詰めるような静寂に、外の冷気が呼応したのか。風の入ってくる場所はないはずなのに、どんどん外気と室内の温度が近づいていく。停止線、死の平衡温度。

 煮汁の入ったままの鍋がやけに目立つ部屋が、雑然とした棺に変わる。ぼくの眠るからだはふわっとベッドから浮き上がると、一瞬の後、綿埃の目立つ布団だけがぱさっ、と音をたててベッドに落ちた。 

 

Easter [12 inch Analog]

Easter [12 inch Analog]

 

 復活祭の日までぼくはロンドンや上海、東京の空気になるだろうし、姫葱の芽、桜の芽、梅の花になるだろうし、 目白や雀の鳴き声になるだろう。痛みのない冬、遠ざけられた冬、忘れられた冬。追いたててくる冬。すべてが時の帳の向こう側へ去った後、艶やかな貞淑さを纏って、春がやってくる。

 

 ただ、ぼくがこの世界に再び目覚める日は、きっとそう遠くないんじゃないんだろうか。こんなに熱く素晴らしい音楽が生まれているのに、簡単に死んで、消えてなくなってしまうのはあまりに惜しいだろう。

 なんといったって、2月の世界に春がやってきたのだ。Ashley Henry & the RE:Ensembleによって。

 

あとがき

 ……駄文を長々とすみませんでした。Ashley Henry & the RE:Ensembleの新譜、『Easter』が余りに良すぎるということを、小説っぽく伝えようとしました。

 イギリス生まれのキーボーディストAshley Henry責任監修、ラテンからRobert Glasper Musicまでを厳選し6曲に凝縮したのがこれです。結果的に1曲1曲の粒立ちがやばいことになっており、アルバムとしての長さも絶妙(30分ちょい)で、一瞬で一周し、リピートを繰り返すため時間が延々と溶けます。

 LAで活躍している様ですが、発売元はイギリスなので(Sony Musicのイギリス法人)、ブリティッシュ・ジャズに含めていいだろうということですね。”ブリティッシュ”・ジャズとしてのセールス的最大の成功は、おそらくアシッド・ジャズであり、先に挙げたJames Taylor Quartet以外にも、IncognitoBrand New Heavies、もっと広げればJamiroquaiも入るでしょうが、私がまだまだこのジャンルを未開拓なので、それほど掘って解説することはできませんでした。これ難しい。

 

 毎年凄まじい数の音楽が生まれ、そして忘れられていきます。

 皆さん、それぞれのベストアルバムを掘っていきましょう。

 

 それでは。